田辺聖子さんの古典への手引書『古典の森へ』の二回目です。
◆ずっと続けて参加してくれていたNさんが、今日は急用で欠席です。連絡のメールにこんなメッセージが添えられていました。
「21日都合が悪くなりました。『舞え舞え蝸牛』読んで楽しみにしていましたが残念です。
阿漕と帯刀の心が通じ合ってる関係が好きです。
少将が姫の縫い物を手伝うところ、私もお裁縫好きなんですけど…。こんなことしてもらったらキュンてなりそうです。一貫して悲壮感のないところが好きです。
すみませんながながと来月よろしくお願いいたします。」
◆Nさんがお好きだというのはこんな場面です。
阿漕と帯刀の働きで落窪の元にひそかに右近の少将が通ってくるようになって、ある夜のことです。
北の方が今夜中にと急ぎの縫い物をドサドサと置いて行きます。手伝ってくれていた女房の少納言に用が出来て帰っていきます。
それまで隠れていた少将が几帳を押しのけ出てきてこう言います。「まあ、やらせてみなさい。腕っこきの職人ですよ、私は」落窪の仕事を手伝おうと言うのです。原典では「いみじきもの師ぞ、まろは」とあります。
そして、落窪と向かい合って布を引っ張ったり折り目を付けたりするのですが、この場面は恋人同士の甘やかな雰囲気がよく表れているし、頼れる人のできた落窪の喜びも感じられるところです。
でもまぁ、普段し慣れていないことをする男性方の手伝いは、足手まといになることが多いのです。右近の少将も「職人というには似合わしくない少将のようすだが、気を使いすぎてよけいなことをしたり、知ったかぶりのことをしてへまをする」のでした。
◆さて、本日取り上げた『古典の森へ』は、1983年から87年まで新聞に掲載されたものの総集編で、古典に関する田辺さんのお話がまとめられています。
田辺さんはこれ以前に古典の案内書の『文車日記』を書いていますが、こちらは多岐にわたる内容で、ご自身「気負いがあった」と言っています。
比べて、『古典の森へ』は、対象を絞りじっくりと日常に取り込んだお喋りとのこと。
解説の氷室冴子さんは、「田辺さんの古典へのお誘いは、古典が古典だからいいのだ、スバラシイのだという権威を背にしたものでなく、それがおもしろい小説だから、とっても素敵な物語だから、気持ちのいい文章だからいいのだという、読者の立場にたった、お誘いなのだ」と書いています。
話し言葉なので気軽に読めるのも魅力です。今日はその中から「日本のシンデレラ 落窪の姫」の章を読みました。
◆まず、主な登場人物の
プロフィールを読みました。
主人公の落窪姫は無垢純真で控えめで、そして美人で賢い娘です。男性から見た女性の理想像ですが、『舞え舞え蝸牛』第1章の落窪と阿漕の会話にもその人柄がよく表れています。
また、落窪姫第一に思う阿漕のきびきびとした様子や気働き、北の方への対応に往時の読者はエールを送ったに違いありません。恋のキューピットの役回りの阿漕とその恋人の帯刀。そのいきいきと魅力的な様子も『舞え舞え・・・』を参照しました。
◆さて、中納言家の石山詣の段。いよいよ恋のチャンス到来です。
置いてけぼりの落窪の元に帯刀の手引きで突然忍んできた少将。目の前にいたのは単衣もなく継のあたった袿だけを着てあらわになる肌を隠そうとする落窪姫でした。姫はもうただみすぼらしい身なりを見られた恥ずかしさに汗びっしょりになっています。
このちょっとした描写を田辺さんは「女の心理、ちゃんと知ってて描いている」と、原典『落窪物語』が女性作家の作品である可能性を言っています。

これから様々なハプニングがあって落窪姫の結婚から栄華へと物語はハッピーエンドに向かいます。
参加者の殆どがすでに『舞え舞え蝸牛』を読んでいたので、読書会が終わっても皆さんまだまだ言い足りない感じで、こんな話がされました。
◎ 継子いじめは古典の中で、素朴で原始的な発想で分かり易いテーマで、これが『落窪物語』の大衆受けした理由。
◎ 主人公が、悲しい境遇に落とされた心優しく美しい姫という設定で、善は栄え悪はその報いを受けるという分かり易い筋書きが大衆に受けた。
◎ 窪姫にいじめられる原因は何もないから北の方が性格の悪さが際立っている。
◎ 身分、能力、姿ともに優れて非の打ちどころのない右近の少将が、落窪姫一人を妻として他の女性に目もくれないのは、女性読者の理想の男性であり、理想の結婚であった。
◎ 名門の出の妻を持ちなさいと言う乳母に「落窪にもあれ、上り窪にもあれ、忘れじと思はむをば、いかがはせむ」と啖呵を切るところ、ちょっと世間知らずな若君だけれど、まことにかっこいい。
◎ 『落窪』は紫式部も読んだのではないだろうか。忍んできた右近の少将が落窪の袿ごと髪を絡めて動けなくする場面に源氏物語の藤壺が重なるし、帯刀が預かった姫の手紙が北の方の手に落ちるのが柏木の手紙に重なるようで。

『古典の森へ』には『古事記』や『かぐや姫』、『源氏物語』『平家物語』、『奥の細道』など時代もジャンルも様々な古典作品が取り上げられています。田辺文学を読む会では、本書を元に田辺聖子さんの翻案小説のいくつかを読んで行きます。小説の中で「ここが面白い」という場面に出会えたら、ぜひ原典を読んでいただき、田辺さんが言う「古典の呼吸」を味わっていただきたいと思います。
樟蔭女子大学
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『古典の森へ』 2008年年12月7日 第7刷 集英社文庫